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「キャロル!キャロル!しっかりなさい。水を飲むのです。」
女官長が少女に水を飲ませようとする。
「メンフィス様、キャロルが下がるお許しを。このままでは酷いことになりかねません。」
「どうするのだ?」
「兎に角身体を冷やして水を飲ませます。それから安静にさせれば・・・・・」
「分かった。私が運ぶ。」
「メンフィス!そんな者など衛兵に運ばせなさい。まだ宴は終わっておりません。」
「「では終わらせる。後は各々寛ぐが良い。私は下がる。」
「メンフィ・・・」
アイシスが叫んだが、最早ファラオは一顧だにせず、キャロルを胸に抱いて下がっていった。
「水を飲みなさい。キャロル!」
「寄越せ。」
メンフィスがナフテラから杯を受け取って口に含む。
片腕にキャロルを起こして抱え、唇をこじ開けて注ぎ込む。喉が鳴った。
何度も繰り返して杯が空になる。指先が震え、青い瞳が開いた。
「キャロル・・・分かりますか?」
「ええ・・・ナフテラ・・・ここは?」
「貴女の部屋です。メンフィス様が此処まで運んでくださったのですよ。お礼を・・・」
「良い。無理を強いたのは私だ・・・」
「・・・・・お水を下さい・・・・」
キャロルは立て続けに三杯、大きな杯に水を摂った。身体がまだ熱い。火照って苦しい。
「ナフテラ・・・御免なさい・・・暫く一人にして・・・桶はあるかしら・・・」
いけませんよ、こんなときに一人は。何をするのです?」
「粗相をしては・・いけないから・・・だいじょうぶよ・・・・以前にもあったし・・・」
「そうだ。初めて酒を飲んだのは高校の創立祭だった。兄が止せと言うのに、もう子供じゃないと無理に飲んでアルコール中毒を起こしたのだ。
「兎に角直ぐにアルコール…酒精を出すわ・・・終わったら呼ぶから・・・・」
言っているうちに吐き気が来た。
こみ上げるものを押さえながら必死で頼む。
「おねが・・・出て行って・・・あとでお湯を下さい・・・・っ」
「幸いナフテラは気付かなかったらしい。侍女にお湯の支度を言うために出て行った。
直ぐに桶が用意され、キャロルは一人で胸を押さえて床に蹲り、胃の中のものを吐いた。
吐くといっても胃の中には殆ど何も無い。アルコールと先刻の水分が出てしまうと疲れてその場に座り込む。
代わりに涙が出てきた。
馬鹿みたい。飲めないお酒は飲めないって断れば良かったのよ。メンフィスの言うことなんか聞くからよ。
胃液で口の中が苦い。ナフテラはまだ戻ってこない。
吐瀉物の入った桶を抱えてよろよろ立ち上がる。
こんな気分で遠くまでいけない。中庭の泉で口をすすごう。端まで行けば桶も洗える。
ふらふらと、惨めな気分で中庭に出る。外はすっかり陽が暮れて暗くなっている。
泉の端まで来て先ず桶を洗った。それから口をすすぎ、夜風に吹かれて一息つく。
座っていると気分が落ち着いた。だがこれが拙かった。
一気に体内に入ったアルコールが、キャロルの体温調節機能をおかしくしたらしい。
「さむ・・・・・」
急に寒気がしてきた。戻ろう。戻って暖かいお湯を貰おう。
桶を抱えて立ち上がり、よろめく。
バランスを崩し、踏みしめようと爪先を出した先は虚空だった。
さし伸ばした腕は宙をつかみ、キャロルは泉に落ちた。
暖かい・・・何かしら・・・・これ・・・・・
さらさらと何かが自分の頬を擽る。確かめようとして夢うつつのまま手を伸ばす。
・・・髪?・・・誰の?・・・・・・・いいにおい・・・
「目覚めたか?」
「え?」
「具合はどうだ?・・・」
「え?え?」
「泉にお前が浮いているのを見たときには心臓が止まるかと思った。無事で良かった。」
本当は全部見ていた。キャロルが苦しむのもよろめきながら出て行くのも、泉に落ちた瞬間もみんな。
でなければ酔ったまま、キャロルは溺死していただろう。
私があんなことをさせたから・・・
「・・・・・」
「どうした?」
「きっ・・・・・むぐ」
「叫びたい気持ちは分かるが静かに致せ。お前も困るだろう。」
キャロルの口を大きな手で塞いでメンフィスが囁く。
それはそうだ。二人は同じ褥で、何一つ身に纏っていない素肌で居るのだから。
「手を外すが・・・叫ぶでないぞ?誰かが飛び込んできたら、それでお前は私と一夜を共にした事になる。」
こくこく頷いたのを確認してゆっくり外す。キャロルが大きく溜息を付く。
「貴方が私を運んでくれたの?もう大丈夫だから・・・」
「未だ醒めておらぬのか?よく見ろ。」
言われて初めて余裕が出来た。広い空間、見事な調度品。炉には高価な木材を使った火が起こされ、暖かな空気が肌を包む。
「此処・・・もしかして・・・」
「私の部屋だ。」
「ちょっ・冗談じゃないわ、帰らなきゃ。ナフテラが・・・」
がばっと身を起こして飛び降りようとする。
「ナフテラなら全て知っている。気を失っているお前を湯殿へ運んだのは私だ。後はナフテラがお前の身を清め、私がここへ運んだ。他のものは誰も知らぬ。」
「別に私の部屋でもいいじゃない。」
「お前の部屋は侍女達のところだぞ?周知の事実になる。私は構わぬが?」
「う・・・・」
「もう暫く温まって落ち着いたらナフテラと一緒に下がればよい。安心致せ。襲いはせぬ。・・・見えているぞ。」
「えっ?きゃあ」
白い胸が丸見えだった。慌てて掛け布に潜り込み、あっちを向く。寝台が軋んで背中が寒くなった。
ファラオがこちらに背を向けて寝台に座り、杯を傾けていた。。
「寒い・・・」
口の中で呟く。未だ十分に温まらない。指先が冷たく、知らず知らずに身体を丸めていた。
「・・・・・・・・・・」
歯を鳴らし、全身を震わせる。身を硬くしてなるべく体温を逃がさぬよう縮こまる。
頬に指が触れた。触れたところから暖かさが流れ込んできて、思わず安心の溜息を付く。
「キャロル・・・未だ寒いか?」
「・・・・・ええ・・・」
メンフィスの声に心配する色が含まれていて、なぜか素直に答えていた。
どうしてかしら・・・・こんな目にあわせた人だというのに。
衣擦れの音がして、背後に暖かい男の体を感じる。あっと思う間もなくキャロルの身体はメンフィスの胸の中にすっぽりと捕らえられていた。
「動くな・・・何もせぬから・・・・・先刻は済まなかった・・・」
耳元で囁くとそのまま瞳をを閉ざし、動かなくなる。
まるで親鳥に守られた雛のような温もり。逞しい胸の温かさが冷えた身体を暖める。
キャロルもいつしか眠りに引き込まれていった。
「起きなさい、キャロル。朝ですよ。」
「おはようございます・・・ナフテラ・・・・・?」
どうしたのです?」
「私昨日いつ此処へ戻ったのかしら?メンフィスにお酒飲まされて・・・」
「そのまま倒れたのですよ。大騒ぎでした。何とか歩けるようになってから、私が支えて戻ったのです。」
「そう・・・有り難う。」
でも何か未だ・・・とても暖かい胸に抱かれていたような気がする。
着替えるために夜着を脱いだ白い肩にひとひら、キャロルも気付かない紅い花びらが散っていた。
急性アルコール中毒・・・いや、怖いもんです。
記憶がふっ飛んで救急車のお世話になりました(爆)
ので、これは犬の経験も入ってます。カッコいい男性は居ませんでしたが。
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